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遺言に代えて★
永らく御無沙汰いたしました。
かなり死の近辺をうろついておりました。
今も吸血鬼の如く毎日のように善意の献血に頼った輸血で我が命を繋いでいる状態です。
それでも鼻血と吐血が続き病院を転院した時は自分で一番怖かった。
旦那さんと弟に手続きを依頼し、看護師さんにはオシッコのチューブを依頼し、転院して検査やら処置が終わった頃には、人事不詳・・・子供達の顔さえ朦朧としていて、5日程の転院の後も今迄の病院に戻って加療中です。
ちょっと壮絶でした。
既にこの一件で抗癌剤治療は諦めざるを得なくって、ワクチン治療に賭けるしかない状態になりました。
実は、久留米大学には一回行って来ましたが、血液検査の結果が悪くて〈次回頑張りましょう〉と追い返されて、そのまんま状態回復の為と抗癌剤治療の為に病院に入ったきりおウチに帰れません。
先週の土曜日に「お話があります」ってドクターから今後の治療法やらをみんなで話し合いましょうって事でした。
旦那さんと弟はもちろん、子供達三人を交えた大所帯でした。
話はいきなり抗癌剤治療がこれ以上私のカラダには無理だってトコから始りました。
息子達は楽観視していた訳ではないけれど、母親の死までは想像さえできなかったようで
骨に転移した。皮膚に転移した。肝臓に転移した。骨髄に転移した。
そういう話も日常の会話の中でごくごく普通に受け止めていたと思われます。
2007年4月の乳癌を全摘手術した時に私は強く願いました。
『後5年・・・生きていたい。せめて子供達が学生じゃなくなってれば・・・』
何故あの時もっと欲張れなかったんだろう、今年の誕生日を病室で迎えながら後悔したわ。
孫の可愛い姿を見ながら、子供達の成長を見ながら、悲しくなって来る。
あともう5年だけでも欲張りたかったな。
でもきっと同じだね。5年先にもきっと同じことを思ってるでしょう。
お父さん、お母さん、一番の親不孝だね。先立つ事、御免なさい。
産んで育ててくれてありがとう。隆君と姉弟でとても幸せでした。
ケンカもせず仲良くやってこれたのは、やっぱり愛情一杯育てて貰ったからでしょう。
東京での学生生活とOL生活でも、数多くはないけれど一生の友を得ました。
哲雄さん、貴方と結婚して私は幸せのカタチをひとつひとつ拾いあげてきました。
毎日毎日、遠くまで病院に来てくれてありがとうね。貴方が父親で子供達三人も素直に育ったのね。
長女の真央、命名どおり明るく素直な我が家の中心。
長男の彰尋、何でもハッキリ分かるまで突きとめる
我が家のシンクタンク。次男の晃、優しく素直になりました。三人ともお母さんの誇りです。
あなた達の成長、孫達の成長、ずっとずっと、見守て行きたい思いは五年前の手術の前に感じた思いと
変わりありません。
やり残した事も沢山あるし、言い尽くせなかった事も沢山あるけど、感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうね。


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